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サマリー
あらすじ・解説
今回のゲストは、東京大学高齢社会総合研究機構・機構長の飯島勝矢(いいじま・かつや)さん。 飯島さんは2020年より東京大学高齢社会総合研究機構・機構長、および未来ビジョン研究センター教授。老年医学、老年学が専門で、特にフレイル予防を軸とした超高齢社会の総合まちづくり研究、在宅医療・介護連携推進を軸とする地域包括ケアシステムの構築などの研究で実績をあげている。 後半のテーマは「地域包括ケアシステム」。 「地域包括ケアシステムは、パッケージがあってそれを導入しせんか?というものではなくて、自分たちでその意味や、やるべき方向性を考えて作る、というのが一番重要」と飯島さん。 目の前にあるものでどうにかうまくやっていかなければならず、当然都心部の地域包括ケアと地方での包括ケアは全く異なるものになる。 「医師の連携も2011年ごろは悪かった。在宅利用をしている医師からみると、なぜ病気がここまで悪化する前に地域に委ねてくれなかったんだというクレームがあったし、病院の医師からは、地域に送り出したのに、すぐ再入院させるというクレームがあった」と振り返る。「しかし、地域包括ケアシステムも成熟してきたのか最近はそうしたクレームはほとんどなくなり、互いをパートナーと見るようになってきた」という。 飯島さんは、診る相手が病人である前に生活者だということを実感するある体験を語る。 患者の生活の場を知ることがいかにその人を診ることに役立つか。地域包括ケアの原点を見たという。 それをきっかけに東大の医学部の外生に在宅医療を体験させる実習を設けた。 病院と地域の連携というテーマで避けて通れないのが、入院関連機能障害(Hospitalization-Associated Disability:HAD)の問題。病気の症状は改善したが、入院により日常生活動作が低下、ほとんど寝たきりになってしまうような状態を指す。なぜ病院で退院後の暮らしをイメージするようなケアができないのか。 飯島さんは「10年、20年前よりは、病院のドクター陣もHADを意識し始めていると思うが、もっと生活に戻すということを中心的なテーマとして考える必要があるが、そこまではいっていない」と話す。「あまり機械的なルールを設けたくはないが、そこはある程度義務として取り組まないとダメな気もしている」。 また、病院と地域の連携も必ずしもうまくいっていない実例も多い。 飯島さんは「病院は、在宅医療という言葉は知っていても、全体の医療上のコントロールの中の重要な選択肢にはなっていないのかもしれない」とも語る。 話は「かかりつけ医」にも及び、かかりつけ医についての議論も交わされた。 外来の医師にしても在宅の医師にしても患者や家族が「医療は先生に委ねているんです」というくらいの関係になることが医療というものに携わる以上不可欠ではないかと飯島さんは見る。 そういう医師のイメージについて、飯島さんは言う。 「訪問医療ならば、その先生が来てくれることが楽しみになる。先生はいろいろな愚痴も聞いてくれる。しかし、いや、それは違うとびしっと発言もする。硬軟取り混ぜて、フランクに何でも相談できる」 そして地域連携がうまくいくためにはすべての職種が必要だが、「あえて言えば、訪問看護師とケアマネジャーはサッカーのツートップに当たる」と飯島さん。医学部の学生も医師だけでなく、多職種の方に同行。「学びは多かったようだ」と言う。 「患者、家族と医療チームが治療方針について随時話し合うACP(アドバンス・ケア・プランニング)についても、終末期だけでなく、少なくとも50代くらいから行うべき」と飯島さん。その際は認知症になってしまったとき、資産はどう管理するかといった問題なども幅広く関係者で論じておくといい」と言う。 飯島さんはいま、多職種で使える簡単なQOL指標を作ろうとしている。 この場合、ライフには三つの訳し方があるという。 一つ目が、生命、命。 二つ目が、生活、暮らし 三つ目が、人生、生きがい この三つのうちどれか一つではなく、どれにも配慮...