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サマリー
あらすじ・解説
「最寄りのコンビニの店員さんが最近、派手な髪色から黒髪に戻してしまったけど(所属しているに違いない)バンドの方向性が変わったのだろうか?」など不要な憶測をしてしまう人が、誰の中にも一人や二人、いらっしゃるはずです。筆者の場合、野方という町にいました。 ちょど中野駅と高円寺駅を底辺に、二等辺三角形を描くような位置にあるのが野方。熱心なハルキストである皆様のことです。「ああ、『海辺のカフカ』で謎の老人、中田さんが住んでいた町ね」とピンときていることでしょう。さてそんな『海辺のカフカ』には一切、描かれなかった場所が今日の舞台です。 袋小路に蓋をして、闇市ごと煮詰めたような外観。春樹が書きこぼすのも無理はありません。かりに「大島渚がマイクを持って、襲いかかる野坂昭如たちを打擲しまくる一人称視点ゲーム」があったとすれば、最初のステージに設定されそうな場所です。この前提の時点で既に読み手を突き放していることは重々承知ですが、先を急ぎましょう。そんな野方文化マーケットに於いて尚ひときわ、異彩、というか異音を放ち続けているのが、こちらのお店。 2畳ほどの店舗に床から天井まで隙間なく積み上げられた、大量の鞄や衣類や楽器たち。朝から晩まで野方の路地に響き続ける「安いよ、安いよ、なんでも修理やってます」という不穏な電子音声。店の名前は「オンリーワン」。輸入雑貨を取り扱い、萬の修理をしてくれるお店なのですが、その店主こそ、筆者がかつてこの町を引っ越す際に「何者か知りたかった人」に他なりません。 筆者が住んでいた2009年頃ですが、店主の方が黒髪から白髪になったくらいで、あとは何もひとつ変わりません。強いて言えば、筆者が学生から取材スタッフになったくらいでしょうか。「すみません。TBSラジオで『東京閾値』という番組のスタッフをしている者なのですが、取材させていただいてもよろしいでしょうか。」 いただいた名刺には「黄克誠(コウカセイ)」というお名前が記されております。ご年齢は現在、63歳。肌艶は桃色。「お若いですね」と伝えれば「美味しいもの食べてるからね」と莞爾と笑うのです。都合上、松重ディレクターに取材を交代し「野方を代表する謎の人物」の半生を伺いました。 1960年代。カンボジアにおいて極めて裕福な家庭に産まれ育ち(ご本人の言葉を借りれば「ボンボン」)何不自由することなく幼少期を過ごしたコウさんでしたが青年期を迎える頃にカンボジア・ベトナム戦争が激化。富裕層だったコウさんは台湾へと留学(亡命)。その後、台湾での徴兵に際して、知人を頼りに再び日本へと亡命され、もともと手先が器用だったことから電子機器、精密機械の修理方法を独学で身につけ、暫くは原宿を中心にフリーマーケットで生計を立て、2000年代に家賃が安いという理由で野方へとやってこられたのです。この凄絶な人生を、まるで「一回、結婚に失敗したことがある」くらいのテンションで話してくださるのです。聞き手である我々からすれば、途中からコウさんの唇から溢れる言葉の重さに耐えきれなくなり、呆然。 延々と流れ続ける「なんでも修理やってます」という電子音声が、鼓膜を超えて深々と、脳に、刺さるばかり。その後、ご家族はどうなったのでしょうか。無事、再会することはできたのでしょうか。 「地雷にあたって、死んだ。探しに行ったけど、無理だね。泣いたよ」 さらに、続けて、 「一人になって、だから、店の名前も、オンリーワン」。 文責:洛田二十日 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices