流れのほとりに

著者: キリスト教たんぽぽ教会
  • サマリー

  • キリスト教たんぽぽ教会の礼拝で語られたメッセージ音源です。
    キリスト教たんぽぽ教会
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あらすじ・解説

キリスト教たんぽぽ教会の礼拝で語られたメッセージ音源です。
キリスト教たんぽぽ教会
エピソード
  • いのちの冠を目指して(ヨハネの黙示録2章8節~11節)
    2024/11/17

    序)福音への応答に力を集めて~朽ちない冠を共に受けよう~

    ・朽ちない冠(第一コリント)=いのちの冠(黙示録)=金の冠=ギリシア世界の陸上競技の勝者のしるし

    1)「王冠(ディアデーマ)」ではなく「冠(ステファノス)」

    ・黙示録において王冠は、悪魔の象徴である竜がかぶっている。

    ・王冠は権力の象徴で、人を従え、富をわが物にし、快楽と好き勝手をするというネガティブな側面を強調している。

    ・この王冠を巡って、奪い合いが起こり、その背後に悪魔の暗躍がある。人との比較の中で得られる勝利が「王冠」に象徴されると言ってよい。

    ・「冠」は、神の前に与えられたいのちを忠実に走り切る絶対的勝利。

    ・世の中は「王冠」を求める世界だから全世代が注意を払う必要がある。

    ・神の計画と御心(神の国)のために忠実であることが冠を目指すレース

    2)結果ではなくプロセスに

    ・「王冠」は結果に左右されるが「冠」は過程を問題にする。

    ・結果が悪かったらどうしようという恐れによって、私たちは身動きが取れなくなる。「今」という時にベストを尽くす忠実さは、私たちを恐れから解放する。

    ・人間が経験する最悪の結果は死であるが「初めであり終わりである方、死んでよみがえられた方」が共に人生のレースを走ってくださる。死ではなくよみがえりが与えられるという真理を、この人生でどれだけ自分のものとできるかが、勝負ポイントになる。

    3)苦難の中でも幸せに生きる

    ・「苦難と貧しさ」は一般的にいえば敗北のしるしである。苦難が少なくリッチであることが勝利のしるしだという常識が刷り込まれている。

    ・スミルナの教会が貧しい理由は、ギルド(職業組合)に加入しなかったため。加入すれば偶像礼拝に加担することになった。ニコライ派はこれに躊躇うことなく参加した。

    ・このようなスミルナの教会に対して「富んでいる」とイエス様は評価する。それは「忠実さ」という富(決して失われない)であり、これが朽ちない冠を彩る宝石のようなものだとイエス様はご覧になる。

    ・貧しさの中でも幸せに生きていたスミルナ教会に対して「自称ユダヤ人」からの迫害(偽りの罪によるローマへの訴え)があった。

    結)「あなたが受けようとする苦しみを何も恐れることはない」

    ・迫害によってできるのは、いのちを奪うところまで。「十日」の 10 は最大数であるから半端な苦しみではないが、主にあって乗り越えられる!

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    40 分
  • 偽り者とニコライ派の狭間で(ヨハネの黙示録2章1節~7節)
    2024/11/10

    序)黙示録の全体像と教会の個性

    ・黙示録は 7 つのブロックでできている。

    ・7は聖書的「完全数」と言い、完成、完了、全体、完全を意味する。

    ・7つのサンプル教会へあてられた手紙(御使いに書き送れ→御使いによって書き送れ)は、すべての教会に当てはまる内容をもっていると同時に、4 章以降の幻(明確に意味のある神様の見せた夢)を理解する背景

    1)「偽使徒」を見抜いたエペソ教会~グノーシス主義の脅威~

    ・「右手に七つの星」…イエス様の力は聖霊によって現され、誰に聖霊が与えられるかを決める権限がイエス様にあること。

    ・「燭台の間を歩く」…国府である教会を巡回して導き、指導する方

    ・「使徒」はイエス様から権威を委ねられ、奇跡を行い、聖書ができるまでの間、教会の教えを支えた。

    ・「偽使徒(反キリスト)」は悪霊によって奇跡を行い、グノーシス主義(物質は悪であり、特別な知識により、霊的な本当の世界に脱出できる)に代表される霊肉二元論を教会に広めることをしていた。

    ・黙示録では、創造者なる神の礼拝を強調することでこれに対抗する。

    2)「ニコライ派」の惑わしから遠ざかっていたエペソ教会

    ・「ニコライ派」はヨハネが命名し光を当てた問題。そういうグループが実在したのではない。黙示録の中で描かれ徐々に全貌が明らかになる。

    ・「ニケ Nike(勝利の女神)」の「民(ラオス)」が語源。経済的繁栄を優先し、信仰的に妥協する考え方を是とするグループ。

    ・黙示録では、この問題が厳しく批判される。獣の刻印「666」も関連。

    ・エペソ教会は、ニコライ派を忌み嫌っていた正しい教会だった。

    3)風前の灯だったエペソ教会

    ・「初めの愛から離れてしまった」→直訳「あなたの愛、一番のもの、あなたはそれを手放した」

    ・神への愛と人への愛の追求こそが、教会の生命線である。「正しさ」はその代わりにならない。

    ・黙示録は、神の国の要(国府)である教会が、相応しいものになることを意図して記されている。そのために健全な教理は大切。二元論にはNo を言わなくてはいけない。「天国」は再臨の「待合室」に過ぎない。

    ・「正しさ」だけで「愛」を忘れた教会は、無用の長物となる。

    結)正しさは高慢に、愛は人を謙虚にする

    ・愛せない自分に直面するからこそ、神を求め、教会を必要とする。

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    41 分
  • 燭台と星~イメージの継承と刷新~(ヨハネの黙示録1章12節~20節)
    2024/11/03

    序1)「声を見る」ということ

    ・12 節「声を見る(ブレポー)」は「声に気づく」という意味と「声(幻全体)を悟る」という 2 つの意味がある。

    ・ヨハネの黙示録は、見た(ホラオー)ままに書いたのではなく「わかる(ブレポー)」ように緻密な構成を練って書かれている。

    序2)「人の子のような方」の幻とともに

    ・12 節~20 節の中に、ダニエル書、イザヤ書、エゼキエル書、福音書の引用がある。イメージ表現を通して伝えたいことを読み取る。

    ・「人の子のような方」の姿は、イエス様のご性質を表し、七つの教会への手紙の中にちりばめられる。「一人のキリストから、七つの教会へ」

    ・「星」と「燭台」がキリストとは別の象徴である。20 節に説明があるのでわかりやすいと思うが、どちらも黙示録が書かれた時点で、別のことを象徴するものだった。解釈には象徴の継承と刷新という視点が必要。

    1)「燭台」~イメージの継承~

    ・モーセが指示した幕屋からエルサレムの神殿まで、聖所の灯りとして用いられた「燭台」はユダヤ教会堂の象徴だった。

    ・教会が、イスラエルと同じ使命を共有しているということを示す。

    ・クリスチャンになったユダヤ人にキリストに留まることを伝える意図がある。迫害の中で、ユダヤ教に戻ろうという誘惑があったが、これは「イエスは救い主ではない」と告白する「赦されない罪」となる。

    ・教会は燭台のイメージを継承しているが、現代のユダヤ教が燭台ではないとまで言うのは言い過ぎになる。やがて二つのものは一つになるが、無理やりそれをするなら迫害(反ユダヤ主義的キリスト教)になるので注意。

    2)「七つの星」~イメージの刷新

    ・イスラエルの周辺、教会の周辺では「星」は神々の象徴であり、神々の化身と信じられた権力者の象徴だった。

    ・「七つの星」はプレイアデス(昴座)を指し、七人姉妹でイメージされ、海を渡る道しるべとなるものだった。

    ・黙示録はこのイメージ素材を利用するが、書き換える。神々→御使い

    ・神は唯一だが、神以外にも人間の力の及ばない霊的力が存在することは聖書も認めている。

    ・星々が、皇帝の手に握られている→イエス様の手に握られている。

    ・「教会の御使い(=遣わされる者)」は聖霊であることが 2 章でわかる。

    結)私たちのイメージ世界も刷新が必要

    ・無意識に潜むイメージを書き換えることに取り組み、真の世の光に!

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    47 分

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