田舎坊主の読み聞かせ法話

著者: 田舎坊主 森田良恒
  • サマリー

  • 田舎坊主の読み聞かせ法話 田舎坊主が今まで出版した本の読み聞かせです 和歌山県紀の川市に住む、とある田舎坊主がお届けする独り言ー もしこれがあなたの心に届けば、そこではじめて「法話」となるのかもしれません。 人には何が大事か、そして生きることの幸せを考えてみませんか。
    田舎坊主 森田良恒
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エピソード
  • 田舎坊主の七転八倒<お爺さんの珍接待>
    2024/08/08

    田舎坊主の七転八倒<お爺さんの珍接待>


    田舎寺の檀家さんも高齢化が急速に進んでいます。

    後を継いでもらいたい息子たちはきつい労働を強いられる割には収入の少ない農業を嫌い、町に出て就職、結婚し、家を建て、あらたな家庭を持って田舎に帰ってくることはなくなりました。娘さんたちも大学を出て就職し、サラリーマンと結婚し、これもあらたな生活を町で始めるようになっています。

    田舎に帰ってくるのはお盆と正月、といいたいところですがそれさえも帰らない子どもたちが増えているのです。

    お盆であれ正月であれ、自分の家庭が一番なのでしょう。せっかくの休みですから、家族旅行などが優先され、田舎に足を向けることはほとんどなくなってしまいました。ましてや今は田舎に帰って親の顔を見なくても、湯沸かしポットをインターネットにつないでおけば、親がそのポットを使わなければスマートホンがそのことを知らせてくれるのですから、安心して「放っておける」時代なのです。

    田舎に残るのが老人ばかりになるのは当然のことかもしれませんが、それにしても寂しい時代になってきていることは、こういった現実が教えてくれています。

    私は35歳の時から地域の公民館長を10年ほどつとめていました。今この公民館ではボランティアさんが中心となって、80歳以上の方の食事会を恒例で開催しています。この村の戸数は300戸あまりですが、食事会に参加する80歳以上の方は100人にものぼり、いかに高齢者が多いか驚くばかりです。

    暑いお盆のことです。

    平成16年までは私ひとりで約400軒の檀家さんをお参りしていました。お盆のうちでも多い日は一日に100軒お参りしなければなりません。単純計算で一軒6分お参り時間がかかるとすれば100軒で600分ですから10時間必要だということになります。これに移動時間を含めると11~12時間ということになります。この日は朝食もお昼ご飯も抜き、トイレも最大限我慢です。

    8月の暑いさなかでも水分は最小限に抑え、20軒で一度お茶をいただく程度にしています。申し訳ないのですがお盆はあくまでも軒数をこなすことを優先しなければなりません。

    ある棚経でのこと、おじいさんひとり住まいのおうちでお茶をいただくつもりでお参りを済ませたところで丁度よく冷たい乳酸菌飲料を出してくれたました。

    コップの中の白い液体の表面には氷のような少し黒いものが浮かんでいます。白い液体に氷を浮かべれば少し陰のように黒みがかって見える、まさにその氷だと思ったのです。のども渇いているのでまず氷を「つるっ」と飲み込みました。・・・・が、どうも柔らかいのです。それはしばらくしてチュルンとのどを通り過ぎました。そのあとすぐ液体の方を飲みかけたとき「これ原液やっ!、うすめてないがな・・・」と気がつきました。

    そして先ほど飲み込んだものを、よおーく思い出してみました。あの少し黒みがかった色、のどをとおった感じ・・・・・・、「あれ、ナメクジや」

    たぶん、開けたままのその飲み物の瓶の口からナメクジさんが侵入していたのでしょう。

    結局、原液ままの飲み物とナメクジではのどを潤すことはできませんでした。というより早くうがいをしたい気持ちになったのは言うまでもありません。

    しかし、暑い中お参りしてくれてるからと、冷たい飲み物を接待しようと思ってくれたおじいちゃんの温かい気持ちは、なによりも有りがたくいただくことができました。

    お盆になると、このときのナメクジ入りの飲み物の味を思い出すとともに、老人ひとり住まいのわびしさのようなものをいまだに忘れることができません。

    合掌

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    9 分
  • 田舎坊主の七転八倒<お盆は暑いものです>
    2024/08/01

    当田舎寺ではお盆になると、出檀家さんを含めて約四百軒お参りします。

    これを棚経というのですが、昔は各家でご先祖さまを迎えてお祀りするための棚をつくり、そこにご先祖さまが帰ってくるための乗り物として、茄子などの野菜と割り箸で動物を形づくりお祀りしたものです。 お盆にはこの前でお経をあげることから棚経といわれるようになりました。

    8月10日から14日まで私ひとりでお参りしていたころには、一日に100軒、午前5時から夕方5時頃までかかる日もありました。

    一軒あたりの読経時間はせいぜい7~8分ぐらいですが、とにかく数をこなしてお参りを済ませる必要があるため、ゆっくり悠長にロウソクやお線香をつけたりすることはできません。

    玄関から挨拶しながら仏間まで一気に上がり込みます。

    家に入っていいか、座敷に上がっていいか返事を待ってる暇はありません。幸いお参りする日は決まっていますので玄関は開いています。お家の人がいようがいまいが、とにかく上がって仏壇の前に座ります。座るやいなやリンを2回鳴らし、読経をはじめるのです。それからロウソクやお線香に火をつけお供えします。もちろんお経を拝みながらです。

    お経が終われば、すでに準備してくれているお布施をいただいて、挨拶をしながら帰り、次の家に行きます。

    もし、その当家の方がお留守の場合でも、お経はあげてから帰ります。そうしないと戻ってきてお参りしなおすというようなことになり、大変な時間のロスになるからです。

    そんな日は朝食も昼食も抜きです。もちろん途中でトイレをしたくなることもありますが、できるだけ我慢をします。

    それは衣を着てのトイレは不便だから。田舎とはいえ、坊主が法衣を着て畑で用を足している姿はあまり行儀のよいものではありません。その家のトイレを借りればいいように思いますが、昔のこと、古風なトイレなものですから、法衣を着ていることを考えるとなかなか借りる勇気がでないのです。

    この辺のことは檀家さんもよく知ってくれていて、あえてお茶をすすめるようなことはしないように気遣ってくれていました。

    さて、お茶はいいのですが、夏真っ盛りのため暑さにだけは少し気を配ってほしいと思うのです。

    しかし田舎の家のこと、エアコンが居間にあればいい方で、仏間にエアコンがあるところはほとんどありません。

    うちわは置いてくれているところは多いのですが、坊主が自分で扇ぎながらお経を拝むのもだらけているようでできません。

    たまには気のきいた奥さんがうちわで扇いでくれますが、読経があまりにも短時間のため、うちわを用意している間に終わっていることもたびたびです。

    扇風機も置いてくれているところは多いのですが、さて当家の人がうしろで扇風機をつけたとたん、「ロウソクが消えたわ、扇風機あかんなあ」と、いってスイッチを切ってしまうのです。私は心の中で「ロウソクはわしが帰ってからいつでも立てられるから、扇風機つけといてえな」と、思うのです。

    扇風機を止められると、あとはよけいに暑いのです。 

    お盆の棚経での暑さ対策、なんとかなりませんでしょうか?

    合掌

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    7 分
  • 田舎坊主の七転八倒<法事での募金箱>
    2024/07/25

    2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。

    テレビの情報番組が特別番組に切り替わり、東北地方で発生した大地震による未曾有の大津波を生中継する画面に私は釘付けになりました。

    みるみるうちに濁流が滑走路に進入し、車も飛行機も押し流され、空港ターミナルが浸水していく仙台空港をテレビは映しだしていました。その瞬間、胆道閉鎖症という難病のわが子を助けたいとの一心で、昭和六十年はじめて飛行機に乗って降り立ったのが仙台空港だったという記憶が私の頭をよぎりました。

    一年半入院し、お世話になった仙台のため、東北のために、何かしなければという思いが沸々とわき上がってきたのです。

    地震発生から4日目の3月15日、私は銀行からほとんど全財産といえる1000万円をおろし、その足で地元の紀の川市に「大震災で困っている方に使って下さい」と寄付を申し出ました。

    このとき、紀の川市ではまだ募金の窓口はできていなかったので保留となり、その後、市長さんから「紀の川市の名前でいろいろな方からの募金として合算して報告するにはあまりにも高額なので、あなたの名前で日本赤十字和歌山支部に持っていってもいいですか?」と電話があり、すべてをお任せすることにしました。


    それからというもの、テレビでは連日、すべてのメディアが大震災の報道に切り替わりました。

    それは大地震と巨大津波が東北の人たちから全てを根こそぎ奪っていったことを伝えていました。

    家であり仕事でありふるさとであり家族であり、今まで努力の成果として得てきたもの全てをです。

    命からがら助かった人は文字どおり「着の身着のまま」で、残ったのは命だけという人がほとんどでした。

    しかし、まさに絶望の淵になんとか踏みとどまった人たちの口から出る言葉は「命があっただけで、しあわせです」という言葉です。

    さらに避難所で家族が見つかった時、「生きててよかった。それだけで充分です」という人もいました。

    たった一杯の温かい飲み物や食べ物が差し入れられれば「本当にありがたいです」と話しているのです。

    そして「まだ見つからない人も多いなかで、これ以上のことは贅沢です」とも話されるのです。

    避難所などにいる被災者から聞こえてくるのは「感謝です」「ありがたいです」という言葉であふれているのです。

    ある避難所のなかにいた中学一年生くらいの女の子が「今までどれだけしあわせだったか、はじめて気がつきました」と話していたことが、私の脳裏から離れないのです。


    私はそれから後の法事の際には、「毎日のお味噌汁に文句を言ってませんか?」「温かいご飯に感謝しているでしょうか?」「今がどんなに幸せか、感じていますか?」などの話をし、手づくりの募金箱をまわしながら法事に集まった皆さんに募金を呼びかけるようにしたのです。


    私が個人的に寄付したことを新聞などで知っている方も多かったため、多くの方は快く募金してくださいました。

    なかには何回も募金箱に寄付して下さる方もあり、感謝の気持ちでいっぱいになることも・・・・。

    そして小さな子どもさんまでもが、にぎりしめた50円玉、100円玉を募金箱に入れようとしてくれるとき、私が「お菓子を買えなくなるよ」と話しても、「いいよ」と言って募金してくれる姿には胸が熱くなりました。

     

    この募金活動は2年続き、70万円を超える額の浄財が被災地に届けられたのです。

    合掌

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    8 分

あらすじ・解説

田舎坊主の読み聞かせ法話 田舎坊主が今まで出版した本の読み聞かせです 和歌山県紀の川市に住む、とある田舎坊主がお届けする独り言ー もしこれがあなたの心に届けば、そこではじめて「法話」となるのかもしれません。 人には何が大事か、そして生きることの幸せを考えてみませんか。
田舎坊主 森田良恒

田舎坊主の読み聞かせ法話に寄せられたリスナーの声

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